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東京地方裁判所 昭和46年(ヨ)2375号 判決 1973年3月28日

申請人

竹俣光雄

外一名

右両名訴訟代理人

我妻真典

被申請人

親和交通株式会社

右代表者

石丸藤吉

右訴訟代理人

川辺直泰

外一名

主文

一  申請人らが被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  被申請人は、申請人竹俣光雄に対し、昭和四六年六月一五日から本案判決確定に至るまで毎月二八日限り前月二一日から当月二〇日までを一か月として一か月金七七、〇九五円の割合による金員を仮に支払え。

三  被申請人は、申請人為谷夏男に対し、昭和四六年六月一四日から本案判決確定に至るまで毎月二八日限り前月二一日から当月二〇日までを一か月として一か月金七五、四九六円の割合による金員を仮に支払え。

四  訴訟費用は、被申請人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被申請人が普通旅客運送を業とする株式会社であつて、車両約六九台を保有し、従業員約一六〇名を雇用していることおよび申請人らがその主張の日にそれぞれ被申請人会社に雇用され、いずれもタクシー運転手として勤務していたことは、当事者間に争いない。

二懲戒解雇の意思表示について

被申請人が昭和四六年六月一二日付各内容証明郵便で申請人らに対し懲戒解雇の意思表示をし、右郵便が申請人竹俣に対しては同月一四日に、同為谷に対しては同月一三日にそれぞれ到達したことは、当事者間に争いない。

三懲戒解雇の理由について

1懲戒解雇条項の解釈

被申請人会社の就業規則には、懲戒に関する規定があり、「従業員が左の各号の一に該当するときは別に定める従業員懲戒規程により懲戒する。一、この規則又はこの規則にもとづいて作成させる諸規程に違反したとき。二、職務上の義務に違反し又は職務を怠つたとき。三、従業員としてふさわしくない行為のあつたとき。」(第五九条)と規定し、懲戒の種類としては、懲戒解雇、格下げ、出勤停止、業(乗)務停止、減給、譴責および訓戒の七種を列挙し、(第六〇条)、各種の懲戒の方法についても規定がある(第六一条および第六二条)。そして、懲戒解雇は、予告期間をおかないで従業員を解雇し、第三二条(退職手当の支給に関する規定)の規程にかかわらず退職手当を支給しないという処分である(第六一条第一号)。以上の事実は、<証拠>によつて認める。

また、就業規則等五九条に基づき従業員の懲戒について規定する被申請人会社の懲戒規程には、懲戒基準に関する規定があり、「懲戒はその事犯の軽重により第十四条及び第十五条に定める基準に従つて行なう。」(第一三条)と規定し、第一四条は、「懲戒解雇は左の各号の一に該当する場合これを適用する。但し第十号以下に該当する場合は委員会の審査を経て他の処分をすることがある。」として第一号から第三二号まで個別的、具体的な懲戒解雇事由を列挙し、さらに第一五条は、「格下げ、出勤停止、減給、業(乗)務停止は次の各号の一に該当する場合にその情状によりそれぞれこれを適用する。但しその程度により譴責又は訓戒の処分とすることがある。」として第一号から第一五号まで個別的、具体的な懲戒格下げ等の事由を列挙している。第一四条所定の懲戒解雇事由としては、「会社の(或いは会社の保管している)金品を横領窃取したとき」(第二号)、「会社内で又は就業時間中賭博をしたとき」(第四号)、「許可なく又は偽つて会社の車を使用したとき」(第五号)、「無免許の者が自動車を運転し事故を起したとき」(第六号)などというように、その行為の性質自体が被申請人会社の従業員としては極めて悪質、不当であつて、通常その違反行為をした従業員が懲戒解雇に付されてもやむを得ないと考えられるようなものもある(もとより特別の事情がある場合にはこの限りでない。)しかし、他の多くの懲戒解雇事由として規定してある行為は、同条所定の懲戒解雇事由に文理上は該当するように見えても、その態様、情状は千差万別であるから、この点を考慮しないで、その行為をした従業員が一律に懲戒解雇に付されることは過酷であつて到底肯認できないと考えられるようなものばかりである。本件解雇において被申請人が申請人らの行為に対して適用したと主張する同条第一三号は、「会社内で許可なく掲示、集会、演説等をなし又は会社の文書、掲示物等を故意に破棄、濫用、隠匿したとき」と、また、第一六号は、「正当な理由なしに職務上の指示命令に従わず、職場の秩序を紊し、或いは就業時間中就業しないことにより会社に損害を与えたとき」とそれぞれ規定しているが、もとよりその例外ではない。右第一三号の「会社内で許可なく掲示(中略)等をなし」との文言は、格下げ以下の懲戒事由である第一五条第一二号の「会社内に於て許可なく貼紙(中略)等をしたとき」との文言と類似するが、このことは、行為の類型が同一であつても、その態様、情状の如何によつては、反価値性の評価に著しい軽重の差が生じる場合のあることを端的に示すものにほかならない。以上の懲戒事由に関する懲戒規程の内容は、<証拠>によつて認める。

いうまでもなく懲戒解雇は、格下げ以下の懲戒処分とは異なり、従業員を職場から排除し、その者に対し精神的、社会的および経済的に著しい不利益を与える最も重い制裁処分である。特に、被申請人会社の就業規則によれば、それは退職手当不支給という効果をも伴うものであつて、問題はさらに深刻である。したがつて、懲戒規程第一四条に規定する懲戒解雇事由に該当する従業員の行為とは、その態様、情状に照らし、職場秩序びん乱の程度が重大かつ悪質であつて、その者を職場から排除すること以外には、換言すれば格下げ以下の軽い懲戒処分によつては職場の秩序を維持することが困難であると認められるとか、あるいは故意または重大な過失により被申請人会社に著しい損害を与え、その者を職場から排除すること以外には到底その非違を償うことができないなど、その者が懲戒解雇に付されてもやむを得ないと社会通念上是認される程度に、行為の反価値性が顕著な場合でなければならないと解すべきである。この解釈の基準は、懲戒規程第一四条所定の懲戒解雇事由のすべてについて妥当する。すなわち、本件で問題となる同条第一三号の無許可の掲示または集会等の行為、第一六号の職務命令不服従等の行為も、その例外ではないのであつて、その行為の動機、態様、結果等から総合的に判断して、情状極めて悪質なもののみを指称するものと解すべきである。

2懲戒解雇事由に該当する事実の存否およびその評価

(一)  ビラ貼りの件について

(1) 申請人竹俣が親和互助会会計担当役員、同為谷が同会書記長、申請外大橋敬三が同会長の地位にあつたことならびに申請人らおよび大橋ほか親和互助会会員が昭和四六年五月六日にビラを貼つたことは、当事者間に争いない。

<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

「被申請人会社にはこれまで労働組合がなく(昭和四六年六月一四日に初めて個人加盟方式による東京自動車交通労働組合西部支部親和交通分会が結成された。)従業員の親睦団体である親和互助会(その前身は親和会)が賃上げや従業員の待遇等の改善について被申請人会社と交渉していた。

親和互助会は、昭和四六年四月下旬ごろ二回位にわたり、被申請人会社に対し、賃上げを要求した。これに対し、被申請人会社の富田営業所長は、被申請人会社には財源がなく苦しい状態であるが、例年のとおり他社の賃上げ状況をみてから、それ以上の賃上げをさかのぼつて実施する旨を回答した。

当時、親和互助会は、次の二つの問題についても被申請人会社と交渉していた。その一つは、同年一月下旬に被申請人会社の業務としてタクシーを運転中、交通事故により死亡した従業員中野吉雄の遺族補償等について、自賠責保険金請求手続の迅速化および遺族に対する慰労金の支給等を要求していたものであり、他の一つは、被申請人会社において従業員の自家用車を被申請人会社の自家用車庫に無料で置かせていたところ、丸善交通株式会社を買収して営業車が増加したため、右自家用車庫を営業車車庫として使用することとし、新たに他から土地を賃借して自家用駐車場とした。そこで、被申請人会社は、これを利用する従業員から駐車場料金として一か月一台当り金二、〇〇〇円を徴収したいと提案し、親和互助会は、右提案に反対して交渉していたものである。

同年五月六日の親和互助会の役員会において、右賃上げ要求、従業員中野吉雄の事故死に伴う遺族補償等および自家用駐車場料金徴収に関する問題について論議があり、この際、従業員の団結を維持、高揚して賃上げ要求を貫徹しようとの決意のもとにビラ貼りを実施することが決定された。その結果、即日、申請人らおよび大橋を含む親和互助会役員五名ならびに同会会員有志三名は、ビラを作成し、午前一一時過ぎごろ、無許可で被申請人会社の仮眠室、廊下および役員室、事務所の各ドアなどにビラ約四〇枚を貼り付けた(ただし、申請人為谷および大橋は、ビラを作成したのみで、これを貼る行為には関与しなかつた。)。そのビラの中には、「社長さん2号をはなしてうちをかこつてね、ね」(乙第三号証)、「我々のこぶしはだてぢやない」(同第四号証)、「けちけち会社親和交通ね」(同第五号証)という内容のものが含まれていたが、他のビラは、「春闘団交」、「七千円を賃上げしよう」「団結しよう」などという賃上げ要求に関する内容のものばかりであつた。

親和互助会において、これまで無許可で被申請人会社の仮眠室に十数枚の賃上げ要求のビラを貼る程度のことはあつたが、本件のような規模のビラ貼りは初めてである。

被申請人会社の石丸藤吉社長は、同日午後一二時ごろ、申請人竹俣に対し、すぐにビラをはがすように命じたが、同申請人は、ビラは親和互助会会員の切実な要求を書いたものであり、同会の役員会における決定に基づくものであるからはがすことができない旨を述べて拒否した。そこで、石丸社長は、直ちに宇都宮係長に命じてビラをはがさせた。また、富田所長は、同日、申請人らおよび大橋に対し、ビラを貼つた理由をただし、右三名を解雇すると述べて人員整理を理由とする解雇通告書を示したが、そのあと三名の謝罪文および進退伺いを提出すれば許す旨を述べた。しかし、申請人らおよび大橋は、謝罪文は提出するけれども進退伺いは提出できない旨を述べ、あくまでも進退伺いの提出を要求する富田所長と物別れになつた。翌七日ごろ、石丸社長は、申請人らおよび大橋に対し、「社長さん2号をはなしてうちをかこつてね、ね」という内容のビラを示して叱責したので、大橋が謝罪し、また、富田所長は、右三名に対し、この日も謝罪文および進退伺いを提出するように命じ、これらを提出しなければ三名を懲戒解雇すると述べた。二、三日後、申請人らおよび大橋は、連名で謝罪文を提出し、さらに大橋は、進退伺いを提出した。しかし、申請人らは、富田所長の言動に照らし、同所長の要求する進退伺いを提出すれば、後日これをたてに取つて解雇されるかも知れないことをおそれ、その後も何度かれその提出を要求されたが、ついに進退伺いを提出しなかつた。」

以上のとおり認めることができ、右認定をくつがえすに足りる疎明はない。

(2) 右認定した事実の評価

懲戒規程第一四条第一三号は、懲戒解雇事由として、「会社内で許可なく掲示」をすることを挙げている。

本件のような規模のビラ貼りを被申請人会社がこれまで慣行として認容し、あるいは明示または黙示に承認していたという事情は認められない。したがつて、本件ビラ貼りは、無許可で被申請人会社の施設を利用したという点で問責さるべき性質を帯有することを否定できない。

しかし、一般に、ビラ貼りは、組合の情報宣伝活動の最も通常な方法の一つであり、ことに企業内組合が企業施設を利用してビラを貼ることは、組合活動にとつてほとんど欠くことのできない手段となつている。このことは、まだ組合が結成されず、組合の役割を不十分ながら果たす労働者の親睦団体があるにすぎない場合においても、同断である。資力を有しない労働者が、使用者に対抗する最大の武器は言論活動であつて、ビラ貼りは、言論活動の有力な手段である。すなわち、この場合においても、労働者の親睦団体が使用者に対する賃上げ等の要求を貫徹するためには、構成員の間の強固な結束を必要とするが、構成員の団結を維持、高揚する手段としては、ビラ貼り等による情報宣伝活動を行なうことが極めて効果的であると考えられるからである。

右のような事情を考慮すると、労働者が労働条件の維持向上を志向してするビラ貼り行為の自由は、最大限に尊重されるべきであつて、これに対する制限禁止は、できるだけ抑制的でなければならないという原則が妥当する。すなわち、無許可のビラ貼り行為が懲戒事由に該当するかどうかを判断するには、懲戒制度の目的とする職場の秩序維持の面についてのみならず、組合ないし労働者の親睦団体がビラ貼りを必要とする事情の面についても、慎重かつ適正な考察がなされなければならないのであり、具体的には、ビラ貼りの目的、ビラの枚数、表現内容、それが貼られた場所およびビラ貼りによつて使用者が受けた支障の程度などを総合的に検討したうえ、使用者の施設管理権、職場の秩序維持と労働者の団結権に基づく組合活動等との調和を保持するように計られなければならない。

本件ビラ貼りは、親和互助会の役員会における決定に従い、会員の団結を維持、高揚して賃上げ要求を貫徹するために行なつたものであり(本件ビラが貼られた理由等について被申請人が述べる主張は、全く見当違いの臆断である。)、その目的はもとより正当である。また、ビラの枚数は約四〇枚であつて、必ずしも多くはない。表現内容については、「社長さん2号をはなしてうちをかこつてね、ね」という社長個人の私生活に触れて措辞やや穏当を欠く内容のビラ一枚が含まれている(このビラが作成されたことを申請人らが知つていたかどうかについては、これを肯定する証人大橋敬三の証言とこれを否定する申請人ら各本人の供述とが拮抗する。しかし、仮に大橋証言の内容が真実であるとしても、以下の判断には影響がない。)けれども、これとても、非力な労働者が賃上げという切なる要求の実現のため、社長に向つて労働者の厚遇を要求することを比ゆ的に述べたものと解されるのである。賃上げ要求等を端的に表現する約四〇枚のビラの中の一枚であることをみれば、むしろそう解釈するのが常識的であり、第三者もそう解釈するであろうと思われるのである。そうすると、この一枚のビラの文言をとらえて、いきりたつことは大人気ないことである。また、「我々のこぶしはだてぢやない」、「けちけち会社親和交通ね」という内容のビラ各一枚は、労働者の団結を誇示し、使用者に要求貫徹を迫るためのものとしては、少しも不当なものではないし、その他のビラは、賃上げ要求に関する内容のものばかりである。ビラが貼られた場所は、外来者の目に触れ易い被申請人会社の役員室、事務所の各ドアなどが一部含まれているけれども、すべて被申請人会社の建物内部に限られており、現実にビラが貼られた時間も約一時間にすぎない。ビラの枚数、表現内容、それが貼られた場所およびその時間からみて、被申請人会社が施設の維持、管理上または業務運営の上で本件ビラ貼りによつて受けた支障はほとんどなかつたものと認められる。さらに、富田所長の要求する進退伺いを提出しなかつたからといつて、申請人らにビラ貼りについて反省の態度が見受けられなかつたとも認められない。むしろ、申請人らは、連名で謝罪文を提出して、不穏当なビラのあつたことを陳謝しているのである。反省している申請人らを石をもつて打つほどの理由は、被申請人会社に全くない。それなのに、富田所長は、本件ビラ貼りを理由に、申請人らを解雇すると述べたり、進退伺いの提出を要求したりしているのである。この富田所長の態度こそ理解に苦しむところである。

してみれば、本件ビラ貼りは、その目的、態様、結果からみて、情状悪質なものとは認められず、その反価値性は、前記懲戒解雇条項の解釈の基準に照らし、懲戒解雇に値する程顕著な場合であるとは到底解されない。したがつて、これは前記就業規則および懲戒規程に定める懲戒解雇事由に該当しない。

(二)  無許可集会の件について

(1) 親和互助会が昭和四五年五月二七日および二八日に集会を行なつたこと、申請人らおよび大橋が同会三役として右両日の集会を計画したことならびに富田所長が五月二七日朝右三名に対し業務命令として同日の集会を中止するように命じたが拒否されたことは、当事者間に争いない。

<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

「親和互助会(その前身は親和会)の集会は、被申請人会社の賃金支給日である毎月二七日および二八日に被申請人会社の仮眠室を利用して開かれ、一か月間の活動経過報告および活動方針の討議等が行なわれていた。この集会は、定例明番集会と呼ばれており、仕事明けの従業員が半数ずつ両日のいずれかの集会に出席するが、数年前から被申請人会社に対し届出をするだけで明示の許可を得ないで行なわれ、二、三年前からはその届出さえもしないで行なわれるようになつた。しかし、被申請人会社は、これに対し、集会を不許可とすることはもとより、一度も異議を述べたことがなかつた。

親和互助会の役員会は、昭和四六年五月一〇日、ビラ貼り後における被申請人会社の不当な処置に対抗し、また、賃上げ要求、従業員中野吉雄の事故死に伴う遺族補償等および自家用駐車場料金徴収に関する問題などを有利に解決するためには、この際、是非とも組合を結成することが必要であると話し合つた。そこで、申請人らおよび大橋は、同月一一日、全日本自動車労働組合東京地方連合会へ行つて組合結成の指示を受け、翌一二日、東京西部地区のハイヤー・タクシー共闘会議に出席して支援を訴えた。ところが、大橋が口をすべらせてしまつたことから、申請人らおよび大橋の右行動が富田所長に知られる結果となり、同所長は、同月一三日、申請人らに対し、「お前達がどこに出入りして、どんなことをやつているか知つている。お前達が謝罪する意思があるのなら労働組合運動なんかするはずがない。お前達はくびだ。」などと述べた。

親和互助会の役員会は、同月一四日、翌一五日および一六日に臨時明番集会を開き従業員に実情を訴えて一気に組合を結成することを決定し、集会のビラを配車室および仮眠室に貼り出した。しかし、富田所長は、この集会を不許可とし、すぐにビラをはがしてしまつた。そこで、役員会は、同月一五日、やむを得ず同月二七日および二八日の定例明番集会において従業員に対し組合の結成を呼びかけることを決定した。定例明番集会であれば、もとより被申請人会社の許可が不必要であつて、被申請人会社から集会を妨害されることもないと考えたからである。

そのころ、申請人らの意見は、賃上げ要求等に関する問題および組合の結成について積極的であつたのに対し、大橋の意見は、富田所長から叱責されたこともあつて、いずれについても消極的であり、また、富田所長の要求する進退伺いを提出すべきであるかどうかということについても、両者の意見は分かれていた。しかし、そのために申請人らと大橋とが感情的に対立していたということはなく、もとより従業員が申請人らを支持する派と大橋を支持する派とに分かれて対立、抗争するといつたようなこともなかつた。

同年五月二七日の集会当日の朝、富田所長は、被申請人会社構内へ入ろうとした申請人為谷に対し、裁判所の仮処分をとつているから構内へ入れば不退去罪になるなどと虚言を弄し、また、同申請人を突きとばして入構を阻止しようとしたり、申請人らおよび大橋から集会の中止命令に従うことを拒否されると、集会が開かれる直前にマイクで従業員に対し直ちに給料を受け取つて帰るように呼びかけて集会を中止させようとした。しかし、従業員数十名が集会場である被申請人会社の仮眠室に集まると、富田所長は、これまで一度も出席したことがなかつたにもかかわらず、強引に要求して集会に出席するに至つた。この日の集会は、午前九時ごろから開かれ、まず、申請人為谷が、賃上げ要求に対する被申請人会社の回答はゼロ回答である旨、従業員中野吉雄の事故死に伴う遺族補償等について被申請人会社に誠意が認められない旨および被申請人会社が提案してきた自家用駐車場料金微収の要求は不当である旨を述べ、申請人竹俣もこれを補足した。一方、大橋は、賃上げ要求に対する被申請人会社の回答はゼロ回答ではないと反対し、他の点についても被申請人会社を非難するだけでは問題の解決とはならない旨を述べ、また、富田所長は、申請人らの述べた賃上げ要求等に関する問題について被申請人会社側の見解を十分に表明した。この集会では、申請人らほか二、三名の従業員から組合を結成しようという発言があり、申請人竹俣は、親和互助会役員は被申請人会社から賃金カットをされず、ボーナス補償も受けているので、従業員の要求を最後まで押しとおすことができないのだなどと述べたけれども、富田所長が出席していることがあつて、従業員の間の強い意見とはならず、富田所長は、組合を作るならば一部の者だけではなく全員が作らなければだめだなどと述べ、結局、一週間後に全員大会を開いてこのまま親和互助会を継続するか、あるいは同会を解散して新たに組合を結成するかを決定しようとの結論に達し、富田所長もこれを了承した(もつとも、被申請人会社は、その後この全員大会を期限内に開かせなかつた。)。集会は、開会前に富田所長による集会を中止させようとする妨害があつたほかは、格別混乱することもなく午前一一時過ぎごろに終了した。

翌二八日の集会も、ほぼ同様の経過をたどつた。ただ、この日の集会は、富田所長において初めから集会の開催に異議がなかつたので、前日のような妨害はなかつた。」

以上のとおり認めることができ、<証拠判断省略>。

(2) 右認定した事実の評価

懲戒規程第一四条第一六号は、懲戒解雇事由として、「正当な理由なしに職務上の指示命令に従わず、職場の秩序を紊し、或いは就業時間中就業しないことにより会社に損害を与えたとき」と規定している。

同年五月二七日の集会は、富田所長による集会の中止命令を拒否して行なわれたものである。しかし、労働者が集会を開いて労働条件の維持向上のために意見を表明し、討議を尽くすことは、表現の自由の範ちゆうに属することであつて、これまた最大限に尊重されなければならない。しかも、わが国の現状においては労働者はその集会のために、多く企業施設を利用しなければならないことに思いをいたせば、施設管理権や職場規律の観点からするその集会への制限禁止は、それを必要とする特別の事情の存在しない限り、許されないものと解すべきである。

右集会は、毎月二七日および二八日に被申請人会社の仮眠室を利用して開かれる定例明番集会に属するものである。定例明番集会は、従業員の親睦団体であるとはいえ、賃上げや従業員の待遇等の改善について被申請人会社と交渉する親和互助会が、一か月間の活動経過報告および活動方針の討議等を行なうために開く集会であつて、組合大会のような性格を有する。この集会は、数年前から被申請人会社に対し届出をするだけで明示の許可を得ないで行なわれ、二、三年前からはその届出さえもしないで行なわれるようになつたものであり、被申請人会社は、これに対し、集会を不許可とすることはもとより、一度も異議を述べたことがなかつたものである。この慣行は、被申請人会社が親和互助会の自主性を尊重してきた結果確立したものとみられるものである。そうすると、前説示に照らし、被申請人会社がこの慣行をじゆうりんして、一方的に集会を中止させることを肯認するには、その集会の開催により施設の維持、管理上または業務運営の上で支障を生じ、あるいはそのおそれがあると認められることその他合理的な理由がなければならないのである。

被申請人は、富田所長が五月二七日の集会を中止するように命じた理由として、当時、大橋側と申請人ら側との間に対立、抗争があつたので、集会を開けば、従業員の間に大混乱を生じ、ひいては被申請人会社の営業に重大な支障をきたすことになる旨を主張する。しかし、申請人らと大橋とが感情的に対立していたということはなく、もとより従業員が申請人らを支持する派と大橋を支持する派とに分かれて対立、抗争するといつたようなこともなかつたのである。それにもかかわらず、富田所長が同日の集会を中止するように命じた真の理由は、同所長において被申請人がまことしやかに主張するような事情の存在を誤信ないし妄想したからでもなく、この集会によつて組合が結成されることをおそれたからにほかならない。このことは、富田所長の本件ビラ貼り後における一連の言動および集会当日の言動に照らして明らかである。

富田所長による集会の中止命令は、合理的な理由がなく、かえつて、組合の結成に対する不当な支配、介入であり、また、施設管理権を濫用するものであつて、違法、不当である。したがつて、申請人らは、このような違法、不当な集会の中止命令に対しては、これに従うべき義務はない。そうすると、本件集会は、従来慣行として被申請人会社から黙認されていた範囲を逸脱する性質のものではないから、懲戒処分の対象となるような不当なものではないのである。のみならず、同日の集会には、富田所長も出席して申請人らの述べた賃上げ要求等に関する問題について被申請人会社側の見解を十分に表明しており、集会は、開会前に同所長自身による集会を中止させようとする妨害があつたほかは、格別混乱することもなく無事終了している。これによれば、この集会によつて職場の秩序がみだされたということもなかつたものと認められるし、結果的には、被申請人会社は、この集会の開催を是認していたわけである。さらに、申請人らが就業時間中就業しないことにより被申請人会社に損害を与えたということについても疎明はない。

同年五月二八日の集会は、富田所長において初めから集会の開催に異議がなく、同所長自身もこれに出席して格別混乱することもなく終了したのであるから、申請人らにはなんらの非違もないといわなければならない。

してみれば、本件各集会に関する申請人らの行為は、就業規則第五九条第一号、第二号および懲戒規程第一四条第一六号に該当しない。

(三)  以上のとおり、申請人らには懲戒解雇事由に該当する行為はなかつたのであるから、本件解雇は就業規則および懲戒規程の適用を誤つたもので無効である。

四申請人らの地位と賃金請求について

本件解雇は無効であるから、申請人らと被申請人との雇用契約は消滅せず、申請人らは、被申請人に対し、労働契約上の権利を有する地位にある。それにもかかわらず、被申請人は、申請人らを解雇したと主張し、申請人らが被申請人に対し右地位にあることを否定している。

被申請人会社において賃金は前月二一日から当月二〇日までの分が毎月二八日に支払われる約であることおよび申請人竹俣は一か月金七七、〇九五円、同為谷は一か月金七五、四九六円の賃金の支払をそれぞれ受けていたことは、当事者間に争いない。

したがつて、申請人らは、被申請人に対し、本件解雇後においても毎月それぞれの金額による賃金請求権を有している。

五保全の必要性

<証拠>によれば、申請人らは、他に見るべき資産もなく、被申請人会社から支払われる賃金を唯一の収入としていた労働者であること、申請人竹俣は、妻および子供一人との三人暮らしであるが、本件解雇後約二か月間は仕事に就くこともできず、その後タクシー会社でアルバイトをしているが、無尽や友人から借りた金の返済に追われつつ、かろうじて生活を維持していること、また、申請人為谷は、子供一人を養育しているが、本件解雇後二か月余りは仕事に就くこともできず、その後タクシー会社でアルバイトをしたりしながらかろうじて生活を維持していることが認められる。

もつとも、<証拠>中には、タクシー運転手は人手がないので、申請人らがいつでもどこでも他のタクシー会社に就職することが可能であるとの部分がある。しかし、仮にタクシー運転手が不足であることが事実であるとしても、申請人らが常傭運転手として安定した職に就くことができるかどうかはすこぶる疑わしく、右証拠によつても、この点について積極の事実を認めることできない。まして、申請人らは、被申請人会社を懲戒解雇され、その解雇の効力を現に訴訟で争つている者であるから、その再就職は一層困難な事情にあると考えざるを得ないのである。

したがつて、申請人らは、被申請人会社の従業員として取り扱われず、賃金の支払を受けられないことによつて著しい損害を被つているものと認められる。

六以上によれば、申請人らが被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めるともに、申請人竹俣は昭和四六年六月一五日から本案判決確定に至るまで毎月二八日限り前月二一日から当月二〇日までを一か月として一か月金七七、〇九五円の割合による賃金を、同為谷は同月一四日から本案判決確定に至るまで毎月二八日限り前月二一日から当月二〇日までを一か月として一か月金七五、四九六円の割合による賃金をそれぞれ仮に支払うことを求める本件仮処分申請は、理由がある。

よつて、本件仮処分申請を認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(岩村弘雄 安達敬 飯塚勝)

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